抗体によるがん細胞の増殖抑制

免疫放射線療法という概念も登場

乳がん・胃がん・前立腺がんなどにおいて遺伝子増幅によってHER2遺伝子産物(細胞の分裂を刺激する物質)が過剰産生をきたし、がんの増悪因子となっていることが80年代に明らかにされました。

HER2は細胞表面に存在している受容体であり、抗体を加えることによって、HER2の働きを抑えれば細胞増殖のシグナルが断たれ、がんの治療に有用であると当初は考えられ、そのモノクロナール抗体がつくられました。

現在、ハーセプチンという商品名で既に治療が行われており、一部の乳がん患者に対してその有効性が示されています。その殺細胞効果については、単に増殖シグナルを断ち切るだけではなく、抗原抗体反応を契機として、がん細胞を殺す免疫機構が活性化されることが明らかにされています。

直接増殖には関係がないリンパ球の表面抗原であるCD20を標的とした抗CD20抗体(商品名:リツキサン)であっても悪性リンパ腫に対して高い治療効果を示しています。また、これらの抗体にアイソトープ(イットリウム90)や細胞内で活性化される毒素などを結合させた形での利用も始まっています。

このイットリウム化した抗20抗体(商品名:ゼバリン)は2008年に日本でも承認を受けています。このゼバリンはヒト化抗体やキメラ抗体ではなく、マウス抗体が利用されています。イットリウム90はβ線を出し、がん細胞に傷害を与えますが、半減期が短いのがネックです。

しかし、抗体単独よりもイットリウムを結合した抗体の方が治療効果が高く、免疫療法と放射線療法の効果が相乗的に働いていると考えられ、免疫放射線療法という新しい概念も生まれています。

このように増殖に直接関与するシグナルであるかどうかに関係なく、がん細胞に特異的に発現しているタンパク質に対するモノクロナール抗体ががん治療薬として注目されています。現時点で、抗体が殺がん細胞効果を発揮する機序としては、以下のような仕組みが考えられます。

  • 抗原抗体反応を契機としてがん細胞にアポトーシスが誘導されたり、抗原抗体反応によって増殖因子の結合が阻害される。
  • 抗原抗体反応に補体がからみ、それを契機に貪食細胞によってがん細胞が処理される。
  • 抗原抗体反応を契機に単球やNK(ナチュラルキラー)細胞などの免疫細胞が動員されて、細胞傷害性効果が発揮される。
  • 抗体に対する抗イディオタイプ抗体による増殖抑制効果が発揮される。

これらに加え、直接がん細胞には作用しないものの、がん細胞周辺に誘導される血管の上皮細胞をターゲットとしてがんの影響を補給する経路を断つ目的で、血管新生刺激因子であるVEGFに対する抗体がアバスチンという商品名で抗がん剤として利用されています。

さらに、滲出型黄斑変性症という悪化すると失明をきたす眼科疾患にも、応用が開始されています。この疾患は、網膜の直ぐ外側にある脈絡膜から、網膜に向かって病的な新しい血管が形成され、この血管が脆いために出血や血液中の水分が漏れ出し、網膜の機能を壊すことによって起こると考えられています。この新生血管の発生を抑え、失明を防ぐ役割が期待されています。