がん細胞を選択的に攻撃する新しいタイプの抗がん剤

代表薬はイレッサ

アメリカの製薬企業とバイオテクノロジー企業の代表団体である米国研究製薬工業協会(PhRMA)のデータによると、同国では現在、製薬企業が胃・肺・子宮・腎臓などの各臓器に対する約800品目もの抗がん剤やワクチンの臨床試験を行っています。

最近開発中の新規治療薬としては、分子標的治療薬、モノクローナル抗体、核酸医薬品、がんワクチンなどがあります。

従来の抗がん剤は細胞障害性物質が、がん細胞に対してより毒性が強いことを利用して開発したものです。したがって、正常細胞にもダメージを与えることから、副作用も重なって出現することも容認せざるを得ない側面がありました。

しかし、最近はがん細胞に特異的に存在する分子を見つけ、それを目印として、がん細胞を選択的に攻撃する薬剤の開発へと完全にシフトしています。このことにより、従来の薬剤と比較すると大量投与も可能となる一方で、骨髄抑制などの副作用は減ってきています。

既に日本でも承認済みの分子標的治療薬としては、慢性骨髄性白血病を対象としたイマチニブ(商品名:グリベック)、肺がん治療薬のゲフィチニブ(商品名:イレッサ)、腎臓がんに対するソラフェニブ(商品名:ネクサバール)などが挙げられます。

グリベック

多くの慢性骨髄性白血病患者では、フィラデルフィア染色体と呼ばれる第9染色体と第22染色体の一部分が融合した染色体が認められます。このつなぎ目でBcrとAblという2つの遺伝子が途中で断裂し、そこでつながって新たな遺伝子、融合遺伝子ができます。この融合タンパク質は細胞増殖を促進する性質を持ち、それが白血病の大きな要因となっているのです。

この正常細胞には存在しない新規遺伝子産物のキナーゼ酵素活性を抑えることが細胞増殖抑制につながるとの考えのもとに、酵素阻害剤がスクリーニングされて、開発されたのがグリベックです。この薬剤によって90%の慢性骨髄性白血病患者で寛解導入がもたらされます。

この酵素阻害剤はBcr-Ablにのみ特異的というわけではなく、他の類似キナーゼの酵素活性に対しても抑制作用のあることが報告されており、kitというがん遺伝子が高いレベルで発現しているKIT陽性消化管間質腫瘍(GIST)にも有効であることが証明されており、治療薬として認可を受けています。

イレッサ

2002年に世界に先駆けて日本で認可された肺がん治療薬です。この薬剤はEGFR(上皮増殖因子受容体)のキナーゼ阻害剤として開発されたものです。EGFRはがん細胞において発現量が増え、これが細胞増殖を刺激しているという現象を手がかりに、分子標的薬がスクリーニングされて発見されたものです。

しかしながら、これまでの臨床の治療成績から、EGFRがより高いレベルで発現している肺扁平上皮がんではなく、あまり高い発現を認めない肺腺がんにより有効でした。その後の解析により、EGFRの変異を持つ症例で、イレッサの治療効果の高いことが明らかにされました。

現在では、女性の非喫煙者の腺がん(アジア人に多い)でこの遺伝子異常の頻度が高いことが明らかになり、イレッサの効果がアジア人で高いことの理由の一つと考えられています。

ネクサバール

最近では、がんで活性が上がっている複数のキナーゼを一緒に阻害する薬剤のほうか効率的ではないかという発想のもとに、マルチキナーゼ阻害剤という概念の薬が開発され、その代表が腎臓がん治療薬としてしょういんんを受け、肝臓がんに対しても有効であるという報告もなされているネクサバールです。

この薬剤は、腫瘍細胞の増殖に働くMAPキナーゼ経路を直接阻害する点に加え、血管新生に働くVEGFR(血管内皮細胞増殖因子受容体)。PDGFR(血小板由来増殖因子受容体)の活性もあわせて阻害すると考えられています。

がん細胞を選択的に攻撃する分子標的治療薬ですが、副作用がないわけではありません。イレッサでは間質性肺炎による多数の死亡者が出て社会問題化しましたし、ネクサバールでは手足症候群(指先などに痺れ・発赤・腫張・知覚過敏などが出現。重篤な例では、潰瘍・水疱・激痛となり、歩行障害や者が持てないなど日常生活に大きな支障をきたします)や高血圧・出血などの特異な副作用が認められています。

人のゲノムの中には約500種類のキナーゼ遺伝子が存在ずると考えられています。がんに関係するキナーゼを幅広く阻害するマルチキナーゼ阻害薬は、実際は機能の分かっていない多くのキナーゼ酵素も阻害するという危険性も秘めており、上記の副作用も道のキナーゼ阻害によって起こっている可能性が高いと考えられています。